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2011年2月 6日 (日)

丸亀城石垣での他藩の刻印

日本のお城に関しては、漠然とだけど少し興味がある。今日、何気にCS放送のチャンネルを回してたら、ヒストリーチャンネルで「栄華を極めた名城」。#2として、丸亀城。

興味深い話が多かったけど、結構頭に引っかかったのが、四国や九州のいくつかの藩の刻印のある石。九州熊本の細川家など。しかも、丸亀に近い島の山の中に切り出そうとした跡があり、そこにも刻印が。

江戸城とか大阪城や名古屋城での石垣への諸藩の刻印は有名で、ネットでも検索すれば結構出てくる。これらは、江戸幕府の命令によって諸藩が手伝った(普請(ふしん))したとのことで、理解しやすい。ただ、丸亀のような地方の藩に対して、別の藩が協力するのがピンとこなかった。考え方によってはライバルどうし。

番組では、城の改修に関する江戸時代の手続きを述べていたが、木の模型などを添えて幕府に申請。OKが出ると幕府からお金(援助)が。そして、他藩に協力要請。それを考えると、いくつかの藩に仕事を依頼したのだろう。ドライに言えば、発注/受注のプロセス。各藩は、石工などを派遣して、、、、、。 

江戸幕府自体の許可も、ある程度諸藩の忙しさなどを加味して許可したかもしれない。と、勝手に推察した。あくまで勝手な想像。また、工事では協業のための工夫や手法の情報共有とかが必要で、そっちはちょっと時間かかるだろうけど調べていくつもり。プロジェクトマネジメントの視点でも面白い。

2月 6, 2011 旅行・地域日記・コラム・つぶやき映画・テレビ |

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