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2014年6月15日 (日)

ドラマや映画を見ながら、倫理(説明力)について考えてみた

昨日のブログ「研修会 技術者倫理と説明力」で書いた説明力のことをぼんやり反芻しつつ、録画していたTV番組を見ていたら、結構参考になったので紹介する。

一つ目はCSで再放送している、朝ドラ「梅ちゃん先生」。ヒロイン梅子が、医院を開業してしばらくしての回。前後を高速再生とかスキップしてるので不確かな所もあるが、ガンの患者に対して、入院しての治療を勧めるが反対される。その患者は自宅で最後を迎えたいと言う。

梅子は説得するが、受け入れてもらえない。結局梅子は、訪問治療することになる。また伏線として、生き別れ状態の娘さんがおり、知り合い経由で東北に住んでいることを知って、娘さん(と、先々にはその子=孫)と対面させる。

ドラマということもあるけど、説得の必死さが伝わって来た。最終的は説得は報われないが、相手に良かれと思われる別対応(訪問治療)も行う。医療だと技術の人達も少し違うかもしれないが、他の分野では何度か説得して駄目なら説得やアプローチ自体を止めてしまうだろう。ふとそんな事を思った。

一般的に、達成できなかった時や達成のためのリスクに対して、代替手段を考える事は良く行われる。このドラマを見て、達成できなかった時に、相手のための手段を”捻り出す”気持ちは持っておくべきかと考えた。上手く一般論的なメソッド化は難しいかもしれないが、、、。


二つ目は衛星放送で目にした映画「聖職の碑(いしぶみ)」。

大正時代に長野県で実際に発生した、尋常高等小学校の行事での山岳遭難を映画化したもの。子供たちを含む総計11名の尊い命が失われた。新田次郎の原作で、鶴田浩二主演。撮影が木村大作で、最近での彼の監督した映画の関係もあって、BSで放送された。

木村を含め映画「八甲田山」のメンバーが多いし、原作も同じ新田次郎。似たような題材であったが、興行的には「八甲田山」に及ばなかった。やはり、複数の子供たちが死んでいくため、劇場で積極的に見ようという気持ちにはなれなかったのかもしれない。DVDなどで鑑賞できる今、自宅等で見るには抵抗は生まれないように思える。

映画でのストーリーでのいきさつは割愛するが、印象深かったのが、鶴田浩二演じる校長が学校行事の登山を実行しようとするものの、教員から反対されるシーン。賛成は少数。特に、映画の冒頭で校長や生徒と一緒にランニングする三浦友和が演じる教師も反対側で、個人的には意外だった。(小説では白樺派の絡みが書かれているようだが、それが関係しているのか?? ちなみに、笠智衆演じる元校長の、白樺派に関しての含蓄あるアドバイスも個人的には好きなシーン。)

校長が教員メンバーに切々と登山行事の必要性などを説くシーンは、多少驚かされた。つまり、登山行事ありきでストーリーが展開されると思っていたからだ。”説明力”と言うと、ついつい社員が管理職に説明する事などを想像するが、この映画では管理職が社員に説明するようなものだ。しかも校長が何度も丁寧に説明しようとする。途中で癇癪を起こすけど、まっ分からなくもない。へんな言い方だけど、いくつになっても”説明力”はアップしたほうが良いということかもしれない。

ただ、新製品や新サービスの開発そして組織改革に於いて、社長以外は皆反対だったというエピソードは少なくない。なので、社長のような人でも、他の人を説得する時はある。また、社長自らが社員に説明したりやり取りしたエピソードも少なくない。社長ばかりでなくて、部長や課長、あるいはリーダーなども発生する。説明力や説得力が必要なことを物語る。

また、教師以外に青年会員が同行するが、一部の会員は天候が悪化して逃げ出そうとする。腹立たしく感じる反面、人間の感情としては仕方ないのかもしれない。反対だった三浦演じる教師は、子供をかばいながらビバークする。意見対立しても、実施する時には最善を尽くすそんな行動は、参考にしておくべきかと思う。ちなみに、子供に自分のシャツを与えてかばいながら、校長は命を落としてしまう、、。

総計11名の尊い命が奪われた事で、マスコミの記事は学校側の準備不足を指摘するし、感情的な事も含めて校長への非難が集まる。なお、多少前向きに捉えられるのは、何年かして登山行事が復活する事だろう。ちなみに山は木曽駒ヶ岳で、この事件に関する遭難碑があるそうだ。

蛇足かもしれないが、この遭難事故での大きな原因は山小屋への放火。映画では、放火したらしい3人組の下山と生徒らが行き違うシーンがある。むしろ当時のマスコミは、その事も報道すべきだったろう。妙に学校責任ばかり追及するのもおかしい。どうも調べたら、昔は放火の類が他にもあったようだ。また、昨今でも山岳での植物の盗掘やちょっとした悪戯も少なくない。なんか報道とかで、問題の本質が見えなくなったり他に摺りかえられるのは、昔も今も似てるというか進歩してない気もする。


昨日でのグループ討議や、今日のドラマを見ながらの学習(?)は、説明力を考える意味で相当参考になった。こういったことは机上で学ぶとしても具体的なことを踏まえたり、討議やドラマや小説のシーンで具体的に見たり聞いたりしたほうが身について良い。そう感じた2日間だった。

6月 15, 2014 映画・テレビ技術士 |

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